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負け組別荘地はボロボロの生活をする場所に?

管理費の値上げもできない(そもそも土地区画を数万円~の驚愕の捨て値でばらまいて廃別荘地感たっぷりにしておいて、管理費値上げできると思ってる発想が狂ってる)。新規事業で管理費不足を穴埋めする収入も確保できない。土地の投げ売りと乱伐採・乱開発で荒れに荒れてきているので別荘地自身が持っていた魅力もすでに無い。となると、別荘地管理はどんどんジリ貧になり別荘地は荒れて、過疎ってきて、廃別荘地への負のスパイラルに落ちてゆくのではないか?

それを予感するような変化も起こっている。別荘地を散歩していると家なのかブルーシートのテントなのかわからない場所から老人が出てきてビックリした経験がある。車もなさそうでどうやって暮らされているのかわからない。



管理費値上げにより安値の別荘が売れた時代が終わる

今後、昭和の別荘地の多くは、老朽化や会員減やインフレによるコスト増で、値上げに踏み切るところが増えてくる。
もちろんそうした中には、職員の雇用維持のためや、利益確保のためなど、別荘オーナーの利益にならない理由も含まれる。

問題は、これらはコストプッシュ型の値上げであって、質が上がったから値が上がるわけではない事だ。
値上げされることで別荘自体の資産価値はすぐさま下がり売って手放す事がさらに難しくなるだろう。

どんどん別荘地が荒れてみすぼらしくなり、断水や道路陥没なども目立ってくるのに、水道代や管理費がどんどん上がってゆく。
別荘オーナーは管理会社が作った牢獄の中に閉じ込められて、売ることも出来ない、さりとて管理費は未来永劫請求されると言う無間地獄のような状況に追い込まれる。

土地だけ持っていて別荘を建てなかった土地所有者などは、すでに土地の値段が1000万円以上で買ったものが数万円に下がるまで、延々とこのような質の低下と管理費の増加の無間地獄を経験してきたのだが、これを建物所有者が経験する番がまわってくる。ババ抜きゲームのいよいよラストの局面である。

ここで、物件価格をいくら下げても、管理費や水道代の高さを嫌気され物件が売れないという現象が起こってくる。そもそも別荘地の物件だけが安かったから定住用に物件が売れたわけで、町中の物件の相場が下がっている今のような状況では、わざわざ不便な場所に住んで、町中の10倍・20倍の水道代や、町中ではまったくかからないインフラ維持のための管理費など払うメリットがどこにもないのだ。

売れなくなるのは、すでに低価格に落ちているショボい物件がまず最初だ。

どんな時代にも別荘の物件が売れる理由は「自慢したい」などの見栄が一番である。定住用の物件を買っている人にすらそれがある。見栄のために利便性を犠牲にするケースも多々ある。

高い値段を設定できる魅力がある物件は、高い管理費や水道代を払うだけのメリット(見栄を張れるメリット)がまだ残っているのに対して、誰にも自慢できないショボい物件ほど、老朽化に対してコストもかかり、高い物件と管理費は同じだけかかるのだから何のために物件を所有しているのかわからなくなる。

資産価値がゼロに近い安い物件を所有している人ほど、管理費増のダメージは大きく、心理的に「自分は損をしている」という気分が起こりやすい。

こうした魅力の無い物件から、どんどん売れなくなる。もちろん土地など一生手放せない。未来永劫奴隷契約みたいに管理費請求される土地など1円でも誰も買うわけない。

「定住用に管理別荘地の別荘をけして買ってはいけない」

皆がこう言い、定住者が夜逃げするように別荘地から逃げ出す時代がもうそこまで迫っている。別荘を放棄して管理費支払いやめても、管理事務所が雇った猟犬である弁護士が内容証明で脅してくる。

こうなるともう管理別荘地は法に守られたボッタクリバーのようなものである。そこにわざわざ物件を買う人など、わざわざ弁護士に脅されるために別荘を買うようなものである。

インフラ老朽化・管理費値上げ・会員減、その負のスパイラルに、別荘建物自体の廃屋化が拍車をかける。
管理費を払う土地所有者は減り、建物所有者は我先に手放したがり、廃墟比率がどんどん増えてまともな建物が少なくなり、別荘オーナー一人が背負うべきインフラ維持のコストが膨大になってくる。

その重荷の上に、消費税増や天災、自治体の財政破綻、日本そのものの衰退スパイラル(2025年問題、2040年問題など)がズッシリと覆いかぶさる。

先はもう見えているのだ。

いままで大きすぎて潰せなかったものが、大きすぎて維持できなくなる。恐竜のようなバブルの負の遺産が生き延びられる環境は完全破綻し、小さなものシンプルなもののみがなんとか生き延びられる時代がすぐそこまで迫っている。

賢明な人なら、ババ抜きゲームの最後のババを引かないようにしなければならない。

斜陽別荘地が雰囲気が悪くなる理由 ~ 平等社会は地獄

「1億総平等社会」と呼ばれたかつての日本。
私が育った新興住宅地の高度成長期に作られた団地は、一流企業のサラリーマンや、公務員、肉体労働の職人さんなどがひしめき合って暮らしていた。

旧き良き日本として語られることが多い風景に思えるが、ある家族はサラ金に追い込まれて心中寸前、一方、ある家族は新興宗教にはまって親子で布教活動、また、ある家族は葉加瀬太郎のように団地の一室で芸術家の卵として大切に育てられていたりする。ここから育ってゆく子供も、ある子どもはシンナーでヘロヘロになりヤンキー街道一直線、ある子どもは目的意識を持って学業にはげみ一流大学から一流企業へのエリートコースへ。

こうした、さまざまな人々が暮らす場所は、ある意味残酷である。

才覚のある人、そうでない人、愛情があり家族を大事にする人、そうでない人、幸せな家庭、不幸な家庭、こうした格差がはっきりと見えるのだ。今、このような住環境がどこかで現出したとしたら、それは「天国」ではなく「地獄」だろう。

そう、平等社会は地獄なのである。

平等社会は地獄の世界か?
http://artsandscience-kipling.blogspot.com/2015/04/blog-post.html




別荘地で起こっている様々な事、様々な人の行動も、こうした観点で見ると見えてくるものがある。

別荘地は、まさに平等社会である。しかし、そこは、日本のどの場所よりも格差が進行した、「究極の格差社会」とも言える。

歪な社会構造は、歪な住民心理を水面下で育むものではないだろうか?


管理費を食いつぶす新事業

ウチの別荘地では、管理費で新事業(ビジネスの素人の思い付き事業)を興して、その収益で管理費収入減を補おうというおバカな発想が実行されている。

その商売アイデアが、お粗末極まりない。

ある事業を提案する人に、「隣町に同じものが作られていますけど、行って見られたことは?」と聞くと、知らないし興味もないという反応だった。貴重な管理費を投じるのに、ビジネスはライバルとの戦いになるという市場競争の概念がまるで無いらしい。

この人たちの脳内の中では、別荘地と言う小宇宙があって、周囲の大宇宙とは無縁に存在してると思っているらしい。




会員は、普段は土を掘ったり埋めたりして日長時間を潰している暇なオッサン・オバサンに「ビジネスごっこ」をやらせるために管理費を払っているわけではない。

一円にもならないどころか、管理費を食いつぶしているにも関わらず、「自分は勉強会に参加して新事業のアイデアを出し別荘地に貢献してるんだ。別荘地のために役に立ってるんだ。」とドヤ顔する勘違いなオッサン・オバサンを見る事ほどおぞましいものはない。

自主管理別荘地で小さな新事業を行う事がいかに愚かか

ウチの別荘地は、管理費から1000万円以上を流用して、ビジネスの素人の会員の思い付きアイデアを次々に実行している。

その結果、得ている売り上げが年間10万円とか20万円(月1万円以下~数万円)のレベル。
もちろんこれは売上だから、投資資金・人件費や、商売の素人からアイデアをひねり出すため会議を開く手間・理事の交通費など含めれば大幅な赤字である。であるのに、報告書には「~の販売は好調でした。」などと幼稚な結果報告でお茶を濁している。

1.そもそも商売のために別荘地を利用することにメリットなど何もない。

 そもそも、今の時代、サラリーマンや引退者が月収5万、10万の利益になる小さな副業をやるのは当たり前の時代である。そんな小事業のために別荘地のインフラや人材など利用しなくてもいい。自分の頭脳と一日数時間の時間的余裕さえあれば出来る。正社員を雇用して、サラリーマンの副業程度の小さな事業を行う事は、手で耕せる程度の畑を分不相応なトラクターで掘り起こそうとするようなもので、コスト割れになることが目に見えている。
 また、さも別荘地自体にブランド価値(付加価値)があるかのように、この場所を利用すれば利益を生み出せると夢物語を描くのだが、その一方で、別荘地の土地を日本一の安値で投げ売りしている。矛盾もいいところだ。

2.仮に利益が出た場合も、内紛の火種になる。

 1円も生み出していない上に、内実は年間1000万円もの人件費含む管理費を食いつぶしているにもかかわらず、この新事業を考える会議に参加した人々は、すでに「手弁当で参加して別荘地のために汗をかいている」とアピールして回っている。

 こんな調子の人々が行った事業が、もし万が一、事業単体で小さな利益を生んだ場合、いったいどういう事態が想像できるだろう? 仮に年間60万や120万の利益増がもたらされれば、それを行った人間は恩賞をよこせと鼻息が荒くなるに違いない。手間を考えれば赤字であるのに、そうした計算はせずにあくまで単体利益だけに着目して自分の功績アピールを行うだろう。

 そして、「俺は別荘地のためにこんなに貢献したのに、見返りがあまりに少ない」と思うに違いない。

 これは必ず内紛の火種になるだろう。結果として、年間60万120万の利益増以上の恩賞や手間(内紛への対応)が生じる。

 つまり別荘地でミニビジネスレベルの新事業を行えば、多くの場合、管理費を食いつぶして損するのみならず、仮に成功しても、このように内紛の火種になり結局マイナスになるのだ。

 さらに言えば、利益と言っても単年度の成績だけ見てもしょうがないわけで、何年間、何十年間も続けて利益を積み上げないとお話にならないが、少し別荘地に貢献した程度で恩賞を欲しがり、恩賞が少ないと内紛を起こして勢力争いする人たちにそんな中長期の「信用」や「実績」など積み上げられるわけがない。

3.本当に別荘地で新事業が起こせるなら、その事業を興せる人間は自分のために事業を行う。

 人間の性質上、年間何百万、何千万の利益を生み出せる事業を行えるなら、けしてその利益を無償で別荘地に寄付したりしない。(もし人間がそんなに無欲なら、汚職や不正、賄賂などこの世界からなくなるだろう。)

 そもそも、事業と言うのは、経営者が自らの身を削って行うものだ。自らの身を削って、自分を良くも思っていない赤の他人の利益に貢献する人などいるわけがない。そんな純粋無垢なお人好しは、ブルーシートがはためくような落ち目の別荘地にいない。

 そんなビジネスを生み出せる商才がある人間がいたら、かならず別荘地のためではなく自分のために事業を行う。その利益で老後を安泰にしたり、車を買い替え自分の山荘を綺麗にするだろう。

 以上のように、別荘のオーナーが別荘地のために事業アイデアを考えて、その事業アイデアを正規雇用の職員が実行し、その利益の大半が別荘地の収入になるという絵図は、人間の本来の性質に照らして見ても、不自然極まりないのだ。



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ハリマオ(播磨男)

Author:ハリマオ(播磨男)
某自然豊かな高原別荘地の別荘を売却するまでの記録です。何かのご参考に。長年別荘ライフを送ってきました。

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